法華経
『開祖さまに倣いて』より引用です。 ・・・「人間は、いくらでも幸せになってもいい。幸せになったら、その功徳をみんなにお分けすればいいんです。そうすれば、もっと幸せが増えるから」・・・それは毎日の生活のなかで、小さな幸せ、小さな喜びを発見し、その喜…
『開祖さまに倣いて』より引用です。 「願って」生まれてきた心境になれたとき、人生の苦しみ、悲しみが、解決すべき問題から、仏さまの慈悲の導きに変わったのです。 う〜ん、わかるんだけど、納得できない自分が心の隅にいる・・・。
『開祖さまに倣いて』より引用です。 仏さまは、お慈悲によって私たちに難題をもたらしてくださいます。 それは、法の認識を深めさせるためのお慈悲であり、幸せな心境に導くためなのです。 : : 私が真理に沿っていけば、救いという果報は仏さまが出してく…
『開祖さまに倣いて』より引用です。 そのとき、その場、その人にふさわしいく真実へ導いてくれる縁、それが「方便」です。 人生に起こることすべてが方便であるとすれば、それをすべて生かそうと努力することが、仏さまの願いの通りに生きることであり、真…
『開祖さまに倣いて』より引用です。 すべての出来事は、自分本来の仏性を輝かせるために必要で、まわりは自分が仏になるための、有り難い「縁」ばかりなのです。 それがなければ、自分の仏性を輝かせることができない、大切なのは「はからい」なのです。 す…
『開祖さまに倣いて』より引用です。 私たちは人さまの悩みを聞かせて頂くときに、ややもすると、その人の心の内を聞く前に悩みの原因が見えてしまうことがあります。 するとすぐにでも悩みを解決してあげたくて、「こうしたら」「ああしたら」と、それまで…
お釈迦さまは、自分を何度も殺そうとした提婆達多(だいばだった)を憎まず、逆によき友(善智識)とおしゃっていました。 これは、自分にとって、いやな人、いやなことが、実は自分を成長させていただけるチャンスなのだという教えなのです。 このように人…
最近、思うんです。 2年前、父が亡くなって、家を相続し、今、家族5人で暮らしています。 家そのものは相続で頂きましたが、自分の働きでこの家に住み、家族5人を養っている。 そして、約30年間、プログラマとして働いてきました。 このへぼプログラマ…
幸せというのはどこかにあるものを追い求めて得られるのでなく、いま自分がいるその場所で見つけ出すもの、気づくものです。 問題を否定したり、直そうとするのではなく、そのままを喜ぶこと、それが「本質的な救われ」です。 何も変わったことがないのが功…
仏さまの智慧とは、ありのままを見通し、ありのままを生かすこと。 いまを最大限に生かす智慧を磨くこと、それが私たちの生きる目的なのです。 その智慧で見ると、嬉しいことや辛いことの中にも仏さまの慈悲のはたらきをみつけることができ、幸せになれるの…
仏教の基本は「世の中のすべてのものごとは、『因』と『縁』の出合いによって存在する」という縁起の教えです。 法華経は、これを一歩進めて「常にまわりの人をよい因・よい縁と見る」という「善因善果」で、すべての人が百パーセント救われるという縁起観な…
『法華経というのは、因縁を光りが発するように悟ること』・・・。 『法華経の見方とは、いまある「縁」によってこそ、生かされて生きることを感じ取っていくこと』・・・。 仏教の教えというものは、詮じ詰めれば、天地すべてのものに支えられているという実相、…
約2500年前の12月8日、明けの明星を見ながら、お釈迦さまは、お悟りを開きました。 そのお悟りは、人間はもとより、あらゆる動物も植物もみんな仏と同じように尊い、光り輝く存在に見えてきたのです。 本来、光っているものを、光っていると見ること…
とある小誌より 口で「同心」を唱えるだけでは、一つの心になれるものではありません。 共通の願いを持って、苦楽を共にしてこそ同心が育っていくのです。
まぎらわしいので、整理しときます。 三世とは、「過去世」「現世」「来世」 http://www.e-butsudanya.jp/archives/50105570.html 三界とは、「欲界」「色界」「無色界」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%95%8C 三世間とは、「五蘊」「仮名」「国…
法華経方便品に以下の一節が出てきます。 諸仏世尊は、衆生をして仏知見を開かしめ清浄なるを得せしめんと欲するが故に、世に出現したもう。 衆生に仏知見を示さんと欲するが故に、世に出現したもう。 衆生をして仏知見を悟らしめんと欲するが故に、世に出現…
三帰依文とは、仏教徒なら毎日お経を上げる前に必ず唱える例の決まり文句です。 自ら仏に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、 大道を体解して、無上意を発さん。 自ら法に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、 深く経蔵に入って、智…
法華経譬喩品に以下の一節(偈)があります。 今此の三界は。皆是れ我が有なり。其の中の衆生は。悉く吾が子なり。而も今此の処は。諸の患難多し。唯我れ一人のみ。能く救護を為す。 意訳: この三界はみんなわたしのものだからです。 その中にいる衆生はす…
法師品第十で以下のくだりがあります。 衆生を哀愍し願って此の間に生れ、広く妙法華経を演べ分別するなり。 衆生を救おうという願いと慈悲心によって生まれ変わってくること。これを願生(がんしょう)という。 人間とは、もともと人の意味でなく、人と人の…
法華経法師品第十に「高原穿鑿(せんしゃく)の譬え」というくだりがあります。 薬王。譬如有人。渇乏須水。於彼高原。穿鑿求之。猶見乾土。知水尚遠。施功不已。 転見湿土。遂漸至泥。其心決定。知水必近。菩薩亦復如是。 水のない高原に井戸を掘るのは、現…
今日は、某教団で創立70周年記念式典がありました。 その某教団の経典は「法華経」です。 実は、はっきり言うと「法華経」は難信難解です。 その難信難解の「法華経」のエッセンスを以下の「3つの心構え」と「3つの実践」で分かりやすく一般人までに落とし…
法華経譬喩品第二に以下のくだりが出てきます。 みょう牛(ご)の尾を愛するが如し みょう牛(ご)というのは、ヤクのことで、毛の長い(特に尾が)種類の牛です。 この牛は、この尾を大変大切にしていますが、それが元で殺されたそうです。(人間はその尾を…
法華経譬喩品第三に以下のくだりが出てきます。 世尊、我昔よりこのかた、終日竟夜毎に自らを剋責しき。 終日竟夜は、「ひねもすよもすがら」と読み、「昼も夜も常に」という意味だそうです。 法華経ノート http://chaichan.lolipop.jp/chai/myouho.htm
法華経序品第ーに以下のくだりがでてきます。 爾の時に釈提桓因、其の眷属二万の天子と倶なり。 釈提桓因とは、帝釈天の別名で、娑婆世界のうえにある天上界の主とされていました。 その帝釈天の眷属には、以下の天子がいました。 名月天子(月の神) 普香天…
話は、お正月までさかのぼります。 三男のマチャ(中1)がお年玉で iPod Nano を買いました。 iPod NanoのiTunesはXPかVistaしか対応していなく、我が家にあるのは、WIN2000ノートとWIN98の2台でした。 なので、iPod Nanoが使えなかったのです。 しかし、…
法華経ブログ更新(秋のお彼岸会) http://d.hatena.ne.jp/hokekyou/
法華経に出てくる仏さま達 http://d.hatena.ne.jp/hokekyou/20070908/1189258288 実は、調べるのに結構時間が掛かりました。
これからは、法華経ネタは、新たなブログ:『法華経ブログ』に書きます。 こちらは、基本的に法華経ブログ更新のお知らせだけにします。 法華経ブログ 法華経ブログの方も、よろしくお願い致します。
とある宗教評論家の人が、以下のようなことを言っていました。 反省するな! 希望を持つな! 仏教の教えは、『いま・ここで・わたしが生きている』という、しっかりと自分を生きることの教えです。 過去でもなく、未来でもなく、今なのです。 確かに、今一瞬…
7月は東京のお盆、8月は田舎のお盆、9月は秋のお彼岸です。 お先祖さまを供養する行事が続きます。 実は、過去のお先祖さまの誰一人欠けても、自分は存在しないのです。 そう、お先祖さまあっての自分なのです。 また、供養とは、そのようなお先祖さまに…